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執筆者の写真higouti

「札幌、丘珠のひぐまに捧ぐ」

わたくしの木版画などは下絵をそのまま彫るだけのことで、なんのideaもadorableもないのだが、わざわざ木に彫り紙に擦ることで、たとえば彫刻刀の進む音しかないしじまのなかで、その熊の来歴や、辿った道や、最後には射殺されなければならなかった理由と、殺された熊の生まれてきた意味を考えることができる。

それは得難い時間であり、そこにはわたくしのideaがあるのだと思う。

そして、多少の怒りでばれんを操り、擦り上がった紙を版木から剥がすとき、「もう人間の住むところに来るな!」と熊を追い払うように念じるのである。


畦地の山男と並べると、なんと粗末で雑なものかと思うが、それも絵のうちであり、わたくしなりのハートを込めて作った。

10日から高円寺の壁に掛けようかと思う。



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