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丘珠のひぐまに捧ぐ

個展「くま」を開くにあたって

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 北海道にはなぜひぐまがいるのだろう。

 いつからいるのだろう。

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 北海道ではひぐま被害が増えている。

 2021年には一年間で過去最多の死傷者を出したという。

 象徴的だったのは2021年6月18日、札幌市東区の住宅街に体長約1.6メートル、 体重約150キロのオスのひぐまが現れた事件。

 出合頭の住民4人を襲い、9時間の逃走の果てに、ひぐまは丘珠町に入った。

 奇しくも143年前の明治11年、同じ丘珠に人食い熊が現れた事件があった。三毛別人食い熊の事件と並ぶ、北海道では有名なひぐま事件だ。

 札幌市丘珠(おかだま)の空港そばの茂みに逃げ込んだひぐまは、143年前のひぐまと変わらぬ姿で、 同じように射殺された。

 襲われた人は心底恐ろしかっただろう。テレビのニュースでは、ひぐまが人に飛びつく映像を繰り返し流していた。

 加えて、「保護策」によりひぐまが増え、そのためにこうした被害も増えていると伝えた。

 また、6月のひぐま被害を受けて、より早い段階で「駆除」を実行できるように条例を改正したとのことだった。

 ひぐまはどんどん町にやってくる。今年もくる。

 人間と動物の境界はあやふやになり、直線距離は近付いていく。

 ひと昔前は開発による自然破壊が原因といわれたが、どうやらそうではない。

 山間部、農村部の人口減少。人間が便利な都市に移り住み、「里山」が荒廃する。そこにひぐまたちが下りてくる。

 人間がいなくなった「里山」は、自然動物には住 み良い環境になる。それは人間の住むエリアに、「自然」のほうが近付いているということになる。

​ 「自然」はそうやって人間に近付くことで、悲鳴を上げているのかも知れない。気候変動という形で、人間の住む都市を飲み込もうとしているのかも知れない。​

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 新聞で、丘珠の茂みに逃げ込もうとするひぐまの写真を見た。

 そのひぐまを描いてやりたいと思った。

 下絵を描き、版画にした。

 ぼくの木版画は下絵をそのまま彫るだけのことで、なんのidea(考え方,思想)もadorable(崇敬,愛嬌)もない。

 しかし、わざわざ木に彫り、紙に摺ることで、たとえば彫刻刀の進む音しかないしじまのなかで、その熊の来歴や、辿った道や、最後には射殺されなければならなかった理由と、この熊の生まれてきた意味を考えた。

 それは得難い時間であり、そこにぼくのidea があるのだろう。

 そして、多少の怒りでばれんを操り、摺り上がった紙を版木から剥がすとき、もう人間のところへ来るな! と、追い払うように念じた。

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  熊と修羅

  熊に嵐のたとえもあるさ

  逃げろ逃げろ

  あの山の向こうまで

  kamuy(神)のみ棲まう雪渓へ

 

  熊と修羅

  kamuy(神)に善いも悪いもあるものか

  生まれろ生まれろ

  何度でも生まれ変われ

  そのかわり人間にだけはなるな

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