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私の文学渉猟

夏葉社の島田潤一郎さんが『私の文学渉猟』(渉猟=しょうりょう)の見本を送ってくださった。

12月23日頃発売予定だったのが、諸事情により来年1月13日になったとのこと。

ひと足先に手に取り眺める幸せ。


曾根博義さんは伊藤整研究の第一人者で、戦後世代の近代文学評論家。

そして、吉本ばななさんを見出した人としても知られる。


そんな曾根先生の遺稿集を刊行するとのことで、なんと装画を担当させていただくことに。

ぼくでいいんですか??という感じだったけど、夏葉社の島田さんはやさしく、あなたの絵でいいのだとご依頼くださった。


とりあえずは曾根先生の資料を探すも、ご本人の風貌を示すものが、とにかくない。

島田さんからは曾根さんの肖像を具体的に表してもらわなくても大丈夫とのことだったので助かったが、それでも国会図書館に行き、曾根先生が寄稿された雑誌、業界誌などを閲覧した。


図書館で見つけた肖像写真から、先生は上品で、エスプリが効き、繊細な心の持ち主のように思われた。

しかしエッセイなど読むと、くだけたところもあり、おしゃべりな方かも知れないと思った。

往年の歌手、岡本敦郎によく似ておられた。

スマートだった。


曾根先生はとにかく調べ魔だったようで、ひとつの論文にこれでもかというほどの情報が詰め込まれている。

『私の文学渉猟』にも収録されている『犬も歩けば』における「英美子(はなぶさ・よしこ)」の回が特に印象に残った。

こういう方の資料の集め方というのは半端ないのだと思う。

自らの経験をより研ぎ澄ませ、自分の足で駆け回って資料を探し、身銭を切って手に入れる。

いまのSNSでの、手元だけでよく知らないことでも知ったように拡散されるのとは訳が違う(反省)。

『不確定性ペーパー』なんていう1938年に発刊された前衛詩誌のことを、SNSではなく曾根先生の著述のなかで知ったことを、ぼくは誇らしく思う。


そんな曾根先生が使っていたルーペは、果たしてどんなものだったろうか。

調べ魔の先生なのだから、ルーペはぜひ描き入れたいと思っていた。

ぼくは一晩中考えた。

島田さんを通して、ご遺族の方にルーペのことを聞いていただこうかと思ったりした。

しかし、それではイマジネーションが失われるのではないか。

いや、自分の下手くそな絵にイマジネーションも何も…


ぼくは曾根先生には角形ルーペが似合うように思っていた。

そのように紙版画を作った。

しかしやってみると、角形ルーペでは生々しいというか、現実的すぎるように感じた。

だから丸いルーペでやり直した。

刷ってみると、それでいいように思えた。

曾根先生は難しそうに見えるけど、実は夢見がちな部分もある人だったのかも…と、丸いルーペが表しているようで。

文学を志す人は、どこか夢見がちな人なんだと。


ぼくの絵はさて置いて、この一冊は文学界の第一級資料だと思う。

夏葉社さんがこれまで作った本のなかで、いちばん厚くなったという。

「あの曾根博義の著作が新刊で!?」とよろこんでくださる方もいると思う。

関口良雄さんの『昔日の客』がまさにそうだった。


ぼくが何よりうれしかったのは、曾根先生のご遺族が装画をよろこんでくださっていると、島田さんが知らせてくれたこと。

ぼくはろくでもない人物で絵も上手く描けないけど、とにかくうれしかった。