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山カラキタクマサン

全編を目にしないうちからすっかり魅了されてしまった小山内龍の『山カラキタクマサン』(文・百田宗治)。 国会図書館にはなかったが、大阪、香川の図書館、そして神奈川文学館の3カ所で所蔵されていることが分かった。 早速複写をお願いした。




複写を手にする以前、福音館書店発行の『子どもの館』1975年11月号で、堀内誠一さんが『山カラキタクマサン』を取り上げ、なんと表紙と裏表紙で紹介していたことを知る。



そこには「山のくまさんが東京を見たくなり、友達の動物に別れを告げながら山を降り(中略)、お巡りさんの家で、夕食をごちそうになって泊まる」と堀内さんによる(と思う)解説、あらすじが書かれている。


ぼくは原書を読む前にこれを目にしたから、この物語は山から来た熊が単に東京見物を楽しむ内容の本だと思っていた。 しかし原書の複写を読むと、これが全く異なる印象だった。





以下、大まかなあらすじ。。。



山を降りた熊は汽車に乗り、東京へ向かう。



 熊は東京にやって来る。



東京駅を出て、銀ブラをする。


バスで傷痍軍人と出会い、席を譲ってあげる。



熊は明治神宮にお参りに行くという。


途中、重そうな荷車を押してあげる。


明治神宮ではなく靖国神社に来た熊。

田舎から上京した老婆と孫に行き合い、重そうな荷物を持ってあげる。



老婆は靖国に祀られた息子に会いにきたという。


そのまま老婆と孫に連れ添い、上野の桜と西郷さんを見物する。

孫を肩車してあげる。



このあと浅草や港(横浜?)も見物。


日が暮れてお堀端でお腹を空かしている熊。

山のことを懐かしく思う。

通りかかった親切な巡査が、困っているならうちへいらっしゃい、と誘う。

巡査宅でもてなしを受け、泊まらせてもらう。


翌朝、働くことを決意する熊。

そして巡査の手引きで「オクニノ タイセツナ モノヲ コサヘル オホキイ コウヂャウ」で働くことになった。


ナッパ服を着て工場へ出勤する熊の後ろ姿で物語は終わる。



「オヒサマガ クマサンヲ イッパイニ テラシテ ヰマス。クマサン バンザイ」



なんといじましい、そしてせつない物語だろうか。 実は熊は単に東京見物に来たのではなく、仕事を探すために上京したのだった。

冒頭、山の友達の動物たちに、「ボクハ トウキャウヘ ハタラキニ イク トコロ デス」と別れを告げていた。


熊が働く工場は何を作る工場だったろうか。 「オクニノ タイセツナ モノヲ コサヘル オホキイ コウヂャウ」。


この本の発行年月日は昭和17年11月15日。 「少國民」に向けて書かれた童話だった。 「國民皆兵」の真っ只中。 山の熊とて、「国民精神総動員」されたのだ。


堀内さんは『子どもの館』でそのあたりの説明を省いた。 熊はあくまでも東京見物をしに山を降りた、という印象が残った。

堀内さんがなぜそうしたのかは分からない。 あくまで早逝画家の画風を知らせるための仕事だったと思うし、それでよかったのかも知れない。


時代がどうあれ、この絵物語が素晴らしいことには変わりはない。 山を降り、汽車に乗り、東京で人に親切にするこの熊が、心底いじらしく、いとおしい。



熊は山から来る。 人間の住むところへ来る。 お腹を空かせて来る。 いつでも食べることを考えている。


『山カラキタクマサン』から、昨今の人里へ現れる熊の問題、「どこいくの」という問いかけにつながった。


ねえ、山から降りてくる熊はどこかで働けないだろうか。



(instagram投稿記事再掲)