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  • 執筆者の写真higouti

モイセーエフバレエ


先日、横浜関内ホールで「モイセーエフバレエ」を観劇した。

正式には「イーゴリ・モイセーエフ記念国立アカデミー民族舞踊アンサンブル」というロシア国立の舞踏団。

来日は25年ぶりだそうで、ご縁がありチケットをいただいた。


時勢はアンチロシアであり、キャンセルロシアであるので、せめて関係各位の枝葉において観劇してはいただけないか…

そういう苦しい事情でもない限り、ぼくのような末端の者にまでチケットが回ってくるような公演ではないと思う。


行くか行くまいか、少々揺れた。

主にツイッター上では賛否両論で、ロシア国立の舞踏団を見に行くことはロシアを支援することであり、チケット代はウクライナに撃ち込まれるミサイルとなり、間接的にウクライナ人を殺すことになる、という意見も見られた。


創設者イゴール・モイセーエフはウクライナ、キーウ出身であるという。

当然、現在の団員の中にもウクライナにゆかりのある人は多いと思う。

来日した若い団員たちは、いまどんな気持ちでいるのだろうと思った。


舞台は素晴らしかった。

ロシア文化をそのまま運んできて見せてくれているような舞台だった。

それが本式のものかどうかぼくには分からないが、ぼくは初めてじかにコサックダンスを見た。

この民族の情熱がほとばしるようだった。

彼ら、彼女たちのひとりひとりがプーチンを崇拝しているのかどうか、それは分からない。

プーチンの政策に賛同し、その庇護のもと「表現者」でいられるということは確かだろう。

しかし、その表現までが「悪」に満ちているのかどうか、祖国では「正義」であり「善」であっても、この国の舞台に立った瞬間に「悪」に変わるのか、ぼくには判断が付かなかった。

ぼくは非常にふらふらしているのである。



藤田嗣治が陸軍省から絵具の配給を得て、作戦記録画の大作を描いたことに眉をひそめながらも、藤田嗣治を、猪熊弦一郎を、ちっとも否定したくはない。

国吉康雄が大日本帝国のファシズムを糾弾すべく、アメリカのためにプロパガンダ的絵画を制作していても、国吉康男をちっとも否定しない。

梅原龍三郎の『北京秋天』をはじめとする紫禁城を描いたものが、実は広義の意味での戦争画であったとしても、ぼくは梅原をちっとも否定しない。

大食漢の梅原が、北京の秋空のもとで食べた中華料理や紹興酒に憧れるのだ。


ぼくは2013年の夏にロシアに行った。

そのとき、偶然にもモイセーエフバレエ団の劇場の前を歩いた。

旧ソビエトの頃の立派な劇場で、思わずカメラに収めた。

7月のモスクワは暑かったが、どのホテルにもエアコンはなかった。

夜9時頃まで夕方のように明るかった。

街を歩いていても、地下鉄に乗っても、言葉が分からないまま買い物をしても、ひとつも嫌な思いをしなかった。

みんな無口で、微笑まず、しかし親切だった。

(パリでもホノルルでも楽しかったが嫌な思いはした)

そのロシア旅行の縁が、今回の公演のチケットに繋がった。


プーチンを許さない。

しかし、ぼくにはぼくのロシアがある。

ロシア伝統のバレエを、民族舞踏を、見てみたかった。

そんな甘い考えではいけないのかも知れない。

奴は核をちらつかせるし、今日も田舎の若者を戦場に送り続ける。

分からない。

政治と文化、芸術は別云々、いまそれをいうつもりもない。

この国にも「戦争画」は確かにあったのだから。

立原道造が生き延びていたら、彼は高村光太郎がそうしたように戦争を賛美したかも知れない。

分からない。

宮沢賢治はどうだったろう。

松本俊介は戦後「戦争画家」を批判したが、早くに地位と名誉を手にしていたらどうだったろう。

分からない。分からない。分からない。

要するに、ぼくには自信がないし、ふらふらしているのである。

矛盾だらけである。

アレクシエービッチさんならなんて言うだろうか。

果たして、モイセーエフバレエを見たことが良かったのか悪かったのか。

三日経っても答えは出ない。

そして今日もイラン製ドローン爆弾などのウクライナ情勢が胸を締めつける。


舞台の最後は『水兵の踊り』で幕を閉じる。

圧巻の演目である。

旧ソビエト海軍をモチーフにした、古い演目だそうだ。

ぼくは水兵たちの見事な舞踏に圧倒されながら、エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』を思い、ボリス・バルネットの『青い青い海』を思い出していた。

『ニノチカ』、『絹の靴下』…それから『アンダーグラウンド』。

そして、チャップリンの『独裁者』の、幻のフィナーレである戦場の敵同士が銃を捨て、皆で踊り始めるシーンを思った。


ロシアとウクライナの良心よ、殺すな、殺されるな。

もうやめてくれ。

この舞台と同じように皆で踊ってくれ。

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